今は志文駅からカーブして上幌向と大和町のあたりで高架となって岩見沢駅につながっていますが、かつては大和町にあった岩見沢操車場の関係で、この大回りするルートは貨物線ルートでした。
一方、客車のほうは、志文駅から直線ルートを通り、アンダーパス付近で函館線と合流するルートを使用していました。しかし、1994年に直線ルートを廃止し、旧貨物線ルートを選択しました。
この旧線(直線ルート)の名残が市内西部に残されています。金子町には斜めに盛り上がった土地が続いており、用水路も斜めになっているところがあります。そのまま国道12号線(1974年開通)にあたりますが、今は無駄に橋になっているところも、かつては線路が通っていたところです。
一方、4条通にも同じように跨線橋(1963年開通)がありましたが、2008年に解体・平地化されました。また、かつては線路があったために道路がなかった6条通が拡張されて東西結合を果たしました。大和町と西条丁目の地名が分かれるのも、この旧線です。2009年現在、この大和町エリアの旧線跡地では、緑地化工事が行われています。
一方、客車のほうは、志文駅から直線ルートを通り、アンダーパス付近で函館線と合流するルートを使用していました。しかし、1994年に直線ルートを廃止し、旧貨物線ルートを選択しました。
この旧線(直線ルート)の名残が市内西部に残されています。金子町には斜めに盛り上がった土地が続いており、用水路も斜めになっているところがあります。そのまま国道12号線(1974年開通)にあたりますが、今は無駄に橋になっているところも、かつては線路が通っていたところです。
一方、4条通にも同じように跨線橋(1963年開通)がありましたが、2008年に解体・平地化されました。また、かつては線路があったために道路がなかった6条通が拡張されて東西結合を果たしました。大和町と西条丁目の地名が分かれるのも、この旧線です。2009年現在、この大和町エリアの旧線跡地では、緑地化工事が行われています。

