TOP > 岩見沢とは > 岩見沢(中心部)のあゆみ

岩見沢(中心部)のあゆみ

 岩見沢は交通の要衝として発達した町です。「地名の由来」にあるように、明治11年(1878年)、開拓使が幌内炭鉱へ通じる初の道路を建設する際に、現在の駅裏東側の元町付近の幾春別川沿いに官営休泊所を設置したことから、その後は通行人の休憩地点として発達しました。明治16年(1883年)には、札幌の狩野末治という人がこの場所に休泊所を借りて宿を設置、これが岩見沢初の居住者となりました。

 三笠の幌内炭鉱の炭鉱を輸送する目的で建設された官営幌内鉄道・幌内線も、明治15年(1882年)に札幌~幌内間が延伸開業、はれて手宮~幌内間が全線開業しました。現在の岩見沢駅は「岩見澤フラグステーション」でしたが、明治17年(1884年)に「岩見澤駅」として新設されました。

 岩見沢にはその後移住者が多くやってきました。明治15年(1882年)には、石川県から現在の北村砂浜に原田喜助が入植。翌年明治16年(1883年)に「移住士族取扱規則」が公布されて移住士族受入のための「札幌県勧業課岩見澤派出所」が設置されました。これにより、明治17年(1884年)以降、山口県と鳥取県ほか10県から集団移住がありました。このときの集団移住は、士族277戸1503人(1884年に459人・1885年に1414人)という規模でした。

 この集団移住が岩見沢の市街地形成の基礎となりました。人口が増えたことで、明治17年(1884年)10月6日に2級町村制「岩見澤村」、戸長役場、郵便局が設置されました。明治30年(1897年)には、空知支庁が設置されました。明治33年(1900年)に1級町村制「空知郡岩見澤村」に、明治39年(1906年)に町制施行し「空知郡岩見沢町」に、昭和18年(1943年)に市制施行し「岩見沢市」になりました。

 道路交通の要衝でもあり、上川道路(国道12号線)、夕張道路(道道38号線)、道道1号線(国道234号線)の交わる都市となりました。1983年には道央自動車道岩見沢ICまでが開通しました。

 一方、鉄道路線もどんどん開業し、岩見沢駅は函館本線(札幌~旭川間)の中継点、室蘭本線(室蘭方面)との乗り継ぎ駅、また幌内線(廃止)や万字線(廃止)の分岐・乗り入れ駅となり、岩見沢は鉄道交通の要衝として発展していきました。

 北海道炭鉱鉄道本社が岩見沢におかれたり、東北以北最大の操車場があった時期もありました。しかし、炭鉱が相次いで閉山し、鉄道の町としての役割は徐々にトーンダウンしていくことになりました。現在は札幌のベッドタウンとして開発が進みました。
ページの先頭へ